6月のその時の気持ち

ももんじゃ@柿の種 • 2019年 9月 3日
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こんばんは😊今日は久しぶりの夏空でした。暑かった!

ご無沙汰ぶりの日記です。

日記をつけることで当時の自分の気持ちを整理できればと思ったのですが辛かったことも思い出され少し日記から離れてしまいました。

でも、この場所だけは自分の思ってることをありのままに残したいのでまた書いていこうと思います。

 

6 月は前回の内容のとおりとにかく検査ばかりでした。ただここで問題が1つ。両親への報告でした。

特に母へどうやって伝えるか悩みました。

私と両親の関係は大変良好です。特に母は私がこの世で1番尊敬していて本当に大好きな人です。(もちろん父も大好き)

そんな両親に自分が癌になったことを伝えることは本当に辛かったです。

 

二人が悲しむ姿は見たくない。いい年なのにまた迷惑かけてしまう。これからは私が二人の面倒を見ないといけない年なのになんで病気になったんだろ。色んな思いが浮かびました。

なんなら一層のこと言わないでおこうか…とすら思ってました。

しかし病気の性質上どこかで頼る場面が出てくる…言うなら早めに言わなければ…。

とりあえず告知を受け数日悩んだのち、翌週の休みに実家にいきました。

まず母へ報告です。

とりあえず明るい感じで伝えよう、とは決めてました。大丈夫と安心してほしかったからです。

ただ母が泣いたらどうしよう。と思ってました。母が泣いたら私も泣きます。泣いたらもっと母が心配する。母が心配したら…となんだか負のスパイラル状態です。

 

二人きりの時伝えました。

『ごめん。私がんになったのよ』みたいなこと言ったと思います。

すると母は、ビックリした顔をしましたがすぐ『うん。大丈夫よ。治るよ』

と言ってくれました。

不思議なんですがこの言葉で『あ。私治るな』と思いました。

私は母の器の大きさを甘く見てました。もちろん心配してると思います。でも『治る』って言ってもらえたんだからそれなら治る。ということでその言葉が治療の原動力になってます。

父は優しいのですがとても心配症なので父にはナイショにしようと母と決めてこのとき父には話しませんでした。でも結局父に伝えたのは6月下旬過ぎです。

 

病気になって気付かされることが多くなりました。生かされている有り難さ。母がいなければ私は自暴自棄になっていたと思います。

今の自分の前向きな考えも母が治ると言ってくれたからです。

お母さんありがとう。大好きです。

 

乳癌