余命宣告までの経緯⑤ 手術当日

宇都宮 和紫(♂) • 2020年 11月 23日
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これは母が余命を宣告された日より、わたしが母の闘病生活を思い出しながら、家族としての思いや気持ちを綴った闘病記です。
 
しかし、当然にして家族としての気持ち――わたしの気持ちというはコチラ側から見た一方的なもの。
 医療関係者から見れば、現場を知らない人間の|戯言《たわごと》でしかないのかもしれません。

もし医療に詳しい方、または同じ様な経験をされたご家族の方々から、何かしらのお言葉を頂けたら幸いです。

 

 

  余命宣告までの経緯⑤ 手術当日

 

 そして迎えた手術の日。
 当然、家族全員が病院に付き添うつもりだった。

 

 ただ、七月の半ばと言えばコロナ禍の真っ只中である。

 手術の付き添いを許可されるのは、一家族一人までだという。

 

 付き添う事になったのは、わたし妹。
 男の父やわたしより、同性が付いた方が良いだろうと妹に決まったのだ。

 ウチは家族経営の自営業。その日は臨時休業として、ずっと自宅待機をしていた、父とわたし。
 いつ、病院から電話があるか分からない状況で、わたし達は一歩も外へは出ずに過ごしていた。

 

 食欲など全く湧かず、代わりにやたらと喉だけは乾いた事だけはよく覚えている。

 手術の予定時間は八時間。とにかく、何かで気を紛らわせたい。
 そう思ってはいても何も手に付かず、漫画を手に取り数ページ捲っては閉じ、意味もなくただただネットを開いては閉じるを繰り返していた。

 

 そして、日も暮れて予定時間を一時間ほど過ぎた頃。手術が終わったら電話すると言っていた妹が、何の連絡もなく帰宅したのだった。

 

 それも、号泣しながら――

 

 泣きじゃくりながら、必死に何かを伝えようとはしているものの、わたしには何を言っているのか全く分からない。

 わたしと父で必死に妹をなだめ、帰宅から三十分も経った頃だろうか。
 ようやく、ある程度の会話が出来るようになって来た。

 

 結論から言えば、手術は失敗だった……

 ただ、執刀医に言わせれば「失敗ではなく中断だった」と、言われるだろう。

 しかし、その後の経過を振り返って見れば、あれはやはり失敗だったのだと思う。

 まず、膵臓癌に関して言えば、身体を開いて確認したところ、手術では取り除けないタイプの癌だったのだと言う。
 ただコレは、執刀前の説明で、ごく稀にそういうタイプの癌がある事を聞かされていた。

 

 結局、膵臓癌に関しては、何も手を着けずに終わったらしい。

 

 そして、胃癌の方は、胃の半分を切除したとの事であり、それは成功したとの事。

 ただ、胃の切除の為にお腹を開いた際、肝臓に小さな腫瘍を見つけたという。

 

 直前に撮ったCTにすら映らない程の小さな腫瘍……

 すぐに検査に回した結果、転移した悪性腫瘍……つまり癌である事が分かった。

 

 CTにすら映らない程の小さな腫瘍。膵臓癌の発覚から手術まで二ヶ月。

 前章で触れたけど、国立がんセンターでは、膵臓の手術待ち時間は二週間程度(HPの記述なので、実際はもっとかかっているのかもしれませんが)。

 

 もし、二週間で手術をしていたら、この癌は転移していただろうか?
 いや、手術ではなく、もっと早い段階から抗がん剤治療をしていればどうだっただろうか?
 結果論かもしれないけど、母の膵癌は手術では切除出来ないものだったのだから……

 

 今更ながら母に、
「手術ではなく抗がん剤治療に――」と言った時の事を思い出す。

 

 もし、あの時――
 わたしが、もっと強く手術に反対していたら良かったのではないかと。

 

 それに、成功したと言う、胃の切除手術。あの手術は本当に成功だったのだろうか?
 術後に合併症が頻発している、あの手術が……

 

 確かに手術の成否と術後の合併症に因果関係はない。手術が成功しても、合併症が起こる事など珍しくもないそうだ。

 

 しかし、あれだけ術後の経過が悪いと、どうしても成功したとは思えなくなってしまう。

 いや、そもそも……胃の手術は本当に必要だったのか?
 そして、なぜ主治医の先生は、膵臓に対しては放射線治療が出来ないなどと言ったのだろうか……?

 

 術後四ヶ月以上が経った今でも、わたしの中でその気持ちがずっと燻ったままなのだ。

 

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膵癌 胃癌 肝臓転移