余命宣告までの経緯④ 手術までの日々

宇都宮 和紫(♂) • 2020年 11月 22日
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これは母が余命を宣告された日より、わたしが母の闘病生活を思い出しながら、家族としての思いや気持ちを綴った闘病記です。
 
しかし、当然にして家族としての気持ち――わたしの気持ちというはコチラ側から見た一方的なもの。
 医療関係者から見れば、現場を知らない人間の|戯言《たわごと》でしかないのかもしれません。

もし医療に詳しい方、または同じ様な経験をされたご家族の方々から、何かしらのお言葉を頂けたら幸いです。

 

 

  余命宣告までの経緯④ 手術までの日々

 

 内科に入院していた母が一時退院した。
 金属のステントを入れるという処置は上手く行き、黄疸もなくなって、すっかり顔色が戻った母。

 

 ここからは外科にバトンをタッチして、本格的な癌治療に入る……はずだった。

 

 当然、手術すると決まったからと言って、すぐに手術するわけではない。
 色々と検査をし、他に転移などしていないか調べるのである。

 国立がんセンターのホームページなどを見ると、膵癌の手術待ちは二週間程度もあると言う。

 

 それを見た時は、
『二週間か……長いなぁ……』と思った。

 

 しかし……

 

 母の癌が見つかってから三週間後。
 手術の日取りすら決まっていなかった……

 

「何やってんだ、まったく。他に転移したらどうすんだ?」と、愚痴る父。

 それは当然の想いだし、わたしだって、そう思っていた。

「癌っていうのは、数年かけて大きくなるものだし、癌の手術って、結構待たされる事もあるみたいだよ。それに、今はコロナでバタバタしてるだろうし」

 

 そんな、父に向ける、わたしの言葉。
 ただ、この言葉は、わたし自身に向けた――わたし自身に言い聞かせるための言葉でもあったのだと思う。

 

 そして、ようやく手術の日取りが決まった。
 が、しかし……わたしはその事を喜ぶ事は出来なかった……

 なぜなら、そこに至るまでにもひと悶着があったから……
 いや、ひと悶着と言うには、あまりに大きな出来事だった。

 

 五月の下旬。手術前の検査入院をする事になった。
 癌が他に転移している事がないかなどを調べる、一週間ほどの検査入院である。

 

 週の頭から入院して、CTやレントゲンなどの検査を受けた母。
 そして金曜日の夜、異常はないようなので火曜日には退院出来ると病院から電話を受けた。

 しかし、その知らせにホッとひと息ついたのも束の間。その直後、予想していた最悪の事態が起きたのだ

 

 月曜日にかかって来た、病院からの電話。
 CTやレントゲンでは確認出来なかったが、今朝やった胃カメラで、胃に癌の転移が見つかったというのだ。

 

 予想はしていた。それでも、わたしはしばらく言葉を出す事が出来なかった。

 頭が真っ白のまま、電話越しに話す担当医の言葉を淡々とメモしていくわたし。

 

 そしてこのあと、先生達で集まり、どうするかを話し合うという。

 

 話し合い……
 それはどのくらいかかるのだろう?
 もう、一分一秒でも早く、手術をしてほしかった。

 

 いや、手術じゃなくてもいい。
 癌が見つかりもう一ヶ月近く経つ。なのに、ここまで癌に対する何のアプローチもいていないのだ。

 やっていたのは、検査、検査の日々……

 

 癌について調べれば、癌治療とはそういうものだと言う事はすぐ分かるし、理解も出来る。
 と、同時に、調べれば癌というものは、日々大きくなり転移を繰り返していくものだと言う内容の記事も簡単に目に付いてくる。

 頭では理解していても気持ちで――感情で納得が出来ないのだ。

 

 とにかく、癌に対して何かしらの対処を……アプローチをかけて欲しい。
 そんな想いが溢れ出すのを必死に押さ込む日々が続いた。

 

 そして、六月の初旬。ようやく、手術予定日が決定した。

 しかし……

 その予定日というのが、そこから更に一ヶ月後……七月の上旬だったのだ。

 正直、わたしの心情としては、更に一ヶ月も待つくらいなら、手術ではなく放射線治療や抗がん剤治療などに切り替えて欲しかった。

 

 そう、ここも選択肢だったのだろう。

 大きな病院だ。手術待ちをしている人もたくさんいるのは分かる。ましてや、癌の専門病院ではなく入院しているのは消化器外科。当然、その科にいるのは、癌の専門医ばかりではない。

 

 何より今は、コロナ禍である。

 順番待ちに時間がかかるなら、他の癌専門病院へと転院も考えるべきだったのだ。

 

 もし、担当医の方から、順番待ちに時間がかかるから、他の病院で手術を――
 などと言われれば、飛びついていただろう。

 

 しかし、わたし達は、それをしなかった……いや、出来なかったというべきか?

 

 そう、世間がコロナ禍という状況。気軽に病棟に行く事も出来ないである。
 わたしの意見を担当医と話し合う機会が中々取れない状況の中、手術の予定日がどんどんと迫ってくる。

 

 ただ、それでも、全くチャンスがなかった訳ではない。

 それは、手術待ちの自宅療養中。
 母の下血が再発したのだ。

 

 わたしは、急ぎ病院へ電話をし、母を夜間救急病棟へと連れて行った。

 出血自体は数時間で止まり、その後、平静を取り戻した母。
 しかし、大事を取って、このまま数日入院させるとの事だった。

 

 ただ、ここで初めて知った事がある。
 診察をした先生の話だと、母の下血の原因は動脈硬化によるものだと言う。

 同じ症状で二度入院してる別の病院――行きつけだった総合病院ではそんな話、わたしは全く聞いていなかった。

 

 わたしはこのとき母に、
「治るのには時間がかかるかもしれないけど、手術じゃなくて抗がん剤治療にしてもらったらどうだ?」
 と切り出してみた。

 

 しかし、元々せっかちな性格な上、現状では癌の自覚症状が全くなく普通に生活が出来ている母。

 ましてやここまでの間、何度となく内視鏡やCT、レントゲンに胃カメラをしてきて、もう早く治療を終わらせたいという気持ちが、母の中でかなり強くなっていたのだ。

 

 だから、手術で取ってしまえるのなら、それがいいという母の気持ちが変わる事はなかった――いや、何度となく繰り返される検査の日々で、その気持ちが逆に強くなっていったのだった。

 

 しかし、母自身がもう手術という気持ちを固めていた事に付随して、検査の日々に辟易し、更には71歳の母にとっては、医療の専門的な話は難しくあまり理解出来ていなかったらしい。

 だから、その手術が八時間にも及ぶ手術であると母が理解したのは、手術まで二週間を切ったあとだったそうだ。

 

 そう、それが膵臓と胃の切除を同時に行うという、大手術であるという事を……

 

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膵癌 胃癌 肝臓転移