余命宣告までの経緯② 膵臓癌

宇都宮 和紫(♂) • 2020年 11月 21日
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これは母が余命を宣告された日より、わたしが母の闘病生活を思い出しながら、家族としての思いや気持ちを綴った闘病記です。
 
しかし、当然にして家族としての気持ち――わたしの気持ちというはコチラ側から見た一方的なもの。
 医療関係者から見れば、現場を知らない人間の|戯言《たわごと》でしかないのかもしれません。

もし医療に詳しい方、または同じ様な経験をされたご家族の方々から、何かしらのお言葉を頂けたら幸いです。

 

 

  余命宣告までの経緯② 膵臓癌

 

 発見されたのは、膵臓癌。
 癌の中でも、治療の難しい部類の癌だという。

 しかも、自覚症状が出るのが遅く、発見の難しい癌だそうだ。

 しかし、今回は癌の出来た場所の運が良かったと言う。もう少しズレていたら、黄疸が出ずに発見が遅れていただろうとの事だった。

 ただ、今にして思うとこの早期発見は、本当に良かった事なのか、疑問が残ってしまっている……

 まずは、消化器内科へと入院した母。

 癌のせいで膵臓への管が狭くなり、機能不全を起こしている為に黄疸が出ているらしい。

 そこで、狭くなっている場所に、金属のステントと呼ばれる管を入れ、通りをよくすると言う処置をするそうだ。

 そしてその後、経過観察の為、一週間ほど入院する事となり、そのあいだに外科の先生と話し合い、今後の治療法を決めて行く事となった。

 とはいえ、世間ではコロナ騒動の真っ只中。一般人はおろか家族ですら面会のままならない状態である。

 病院側の対処としては、患者一人に付き、家族一人分だけ面会許可証を発行。それ以外は家族ですら、病室まで面会に行く事は出来なかった。

 ただ、病室までは行けなくとも申請をし、許可が降りれば、各階にある談話スペースまでは行く事が出来た。
 なので、患者が病室を出て談話スペースまで来られる状態であれば、そこで面会する事は出来る様にはなっている。

 まあ、着替えなどを持って来たなど、理由がなければ許可は降りないのだけれど……

 とは言え、この段階では何の自覚症状もない母。
 着替えを届けに行くと、
「ヒマだ」「早く帰りたい」「ご飯が美味しくない」
 と、愚痴大会が始まるのだった。

 そんな愚痴を聞きながら、母の気が少しでも|紛《まぎ》れるのならと相づちを打ちながら耳を傾けているわたし。

 ただ、そんな母の愚痴の中に、ちょっと気になる話があった。

 先日、朝の回診で担当内科の先生から、
「今日の夕方、外科の先生が来て今後のお話しをしますから」
 と、言われたらしい。

 ただその日、ずっと病室で待っていたにもかかわらず、外科の先生は来なかったし、何の連絡もなかったそうだ。

 しかしも翌日、回診に来た内科の先生に、
「昨日は、どんな話をしたんですか?」
 と聞かれたと言う。

 確かに大きな病院で、設備も申し分ない。医者や看護師も何十――いや、何百人と勤務している。

 ただわたし中で、大きくなり過ぎた分、横の繋がり……連携が上手く取れてないのでは? という不安が残る話だった。

 

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