病気との戦いの始まり

ラテ ママ • 2020年 2月 14日
4 コメント
9 いいね

▼ここから日記本文を記入してください。

 

色々と悩みましたが、私の幼少期の頃からの話をまずしたいと思います。私は現在50才です。今から49年前、1才と数ヶ月で小児喘息と診断されました。その頃はまだこの病気の情報が医師達の間にも詳しくは知られてなかった様で"わがまま病"と軽んじて捉えられていました。私はそのまま神奈川の子ども医療センターに連れていかれて色々なアレルギー源の治験を親にも説明せず行われました。そこには同じ境遇の6才位から14才位の男女何人かが同じように実験されていきました。途中重積発作を起こす子もいましたがろくな治療も受けられませんでした。その頃は理解できないでいましたが後から母の話では何人もの子が亡くなったそうです。中には仲良くなった友達もいましたが皆、別の病院に言ったと言われてました。母が父へ事の重大さを何度も説明し私はその病院にかからなくなりました。最後に1人残った14才のお兄さんの行方も分からなくなりました。その頃私は喘息の中でも重篤で他に適切な病院が見つからず10才、長くて15才位までしかもたないと言われてたそうです。父の転勤で東京に移り大学病院へいき、発作が起きた時は点滴か注射を打つようになりその度発作は治まるようになりました。今でこそ喘息は亡くなる確率が高く予防も治療も進化し適切な治療を受けられる様になりました。

私はラッキーだったと母に言われました。私は小児喘息では治まらずこの年までずっと重篤で30代の時、障害者認定を受けました。お陰でこの病気の治療に関しては治療費を払わず済むようになりました。しかし長い間強い副腎質ホルモンの投与によりその副作用から二次障害に苦しむ事になりました。

これが私の病人人生の幕開けです。1才からこれまでの間にも途中から色々な疾患に苦しみました。そのお陰で適切なの治療と投薬、点滴に使われる薬等、いけない物も勉強しました。私は文才がないので分かりづらいとは思いますが、この先ほかの病気で得た情報や経験上での知識を他の方に役立てたら、ずっと病人の私でも色々な症状に苦しんでる方達のお役に立てたらと思ってます。支離滅裂になってはしまいましたが、これからはちゃんと皆さんに分かりやすく伝えていけたらと思ってます!

プロフに記載した病気で聞きたい事があったら是非聞いてください!

皆様の苦しみをほんの少しでも減らせるように·····

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲こちらのテキストは削除してください。

下垂体機能低下症、気管支喘息、線維筋痛症(?)慢性疼痛、逆流性食道炎、食道裂孔ヘルニア、未破裂脳動脈瘤、双極性障害、パニック障害、カサンドラ症候群 その他複数